6月のある日の朝、今日も日曜日でした。私はいよいよ呼吸が少なくなりました。前回のこともありますし、今度こそお迎えが来たのだと、私は静かにそのときを待つつもりでした。ホームのスタッフは、そんな呼吸の弱くなった私を見つけ家族に連絡してくれたようです。そのとき家族がどう答えたのか、まだ若いあの子達のことだから、私がこんな状態になっていても、まだ「できるだけのことをして下さい。」と、ホームのスタッフに告げたのかもしれません。そのあたりのいきさつは、私には分かりません。しかし私は結果として、この状態から再び救急車に載せられて救急病院に向かうことになりました。こんなもう誰がみても余命いくばくもない老衰の老婆を、若い救急隊の皆さんが日曜日の朝に電話一本で駆けつけてくださり、私を救急病院へ運ぼうとしてくださるのです。これも税金かと思うと、なにか申し分けなくて………
でも救急隊が最初に連絡してくれた救急病院は、私が前回入院させて頂いた病院でしたが、今日は満床で私を受け入れてはくれませんでした。救急隊の皆さんは、一生懸命に私の次の受け入れ先の病院を探してくださり、私は2番目の病院に運ばれることになりました。2番目の病院に着いた頃には、もう私の息は止まっていました。
私は、やっと往生を遂げたのです。 あとは、私が臨終を迎えているという「死亡診断書」を書いて頂ければ、葬儀を済ますことができて、主人の待つ天国に行くことができるのです。
でも2番目に運ばれた病院の当直の先生は、いままで診察したことのない人が、突然、救急車で運ばれてきたわけですから、当直の先生の目には、私は「不審死」の可能性があるというのです。!!もう息が止まっている私の死亡診断書は書けない!!と、死亡診断書を書くことを断られたんです。 でもこれは2番目の初めて受診した病院であったから断られたというわけではなく、たとえ1番目の病院であっても、病院到着時に私が既に死亡していたら、私に不審死の疑いがあるという可能性は残ったことでしょう。それで結局、私は、知らない病院の一室で、警察の人が来るのを待つことになりました。
警察ですよ!警察
今まで、人生80年あまり。一度も警察のお世話になんかなることはありませんでした。その私が人生の最期の最期で、どうして警察のお世話になることになるのでしょうか?私は、なにか悪いことをしたのでしょうか?警察は私の子供たちから2時間もかけて事情聴取して、ようやく聴取を終えました。さらに私は搬送先の病院の医師が死亡診断書を書けないと言われるものですから、警察からの連絡で監察医の先生が病院まで来られることになりました。こうして私は不審死ではなくて、老衰死であることを認めて頂き、私はなんとか臨終を迎えることになりました。
救急車も警察も監察医も搬送先の病院での処置も、これみなすべて税金ですよ。医療費には計上されない、どの勘定項目にも計上されない、しかし貴重なそして多額の税金を費やすことになってしまったのですよ。医療費には計上されないでしょうから、偉い政治家の人たちは、高齢者の臨終の陰に、このような経費が利用されていることはご存じないことと思います。私のような老婆が老衰し、赤子が見ても臨終間近とわかるのに、どうしてこんなに大騒ぎになって、人様の税金を使うことになり、結局として私の安らかな臨終を妨げてくれたのか。
私は、人生の最期で、なにか悪いことをしましたか?
思えば、終の棲家と謳う特別養護老人ホームのスタッフが、私の状態を家族によく説明してくれていれば、そして私の臨終をしっかりと受け止めてくれていれば、私は人生の最期でこんな旅をしなくてもよかったと思います。よしんば最後の最後でも積極的な医療をしてと家族が望んだとしても、私は臨終を免れることはできないばかりか、今回のように、死亡診断書も書いてもらえず不審死扱いとなる可能性があることまで、ホームのスタッフは告げるべきではなかったのでしょうか?死亡診断書が書いてもらえずに、死体検案書になると知らされていたら、家族も病院へ運んでくれとは言わなかったと思います。特別養護老人ホームの説明不足と指摘できるのではないでしょうか? この問題、これから社会全体でしっかり受け止めて考えなければならない問題ではないかと思い、私の経験をお話いたします。
皆さん、よく考えて見てください。 結果として、長い間お世話になった特別養護老人ホームの対応に不満を申し上げることになりました。現行の制度である限り、特別養護老人ホームとしては現在の対応をせざるを得ないのかもしれません、ホームばかりを攻めるわけには無論いけません。それでは今の制度のなにが悪いのか?どこに問題があるのか、皆さんでよく考えてみてください。私の安らかな臨終を奪ったのはなになのか?